4月5日:礼拝メッセージ


4月5日   礼拝メモ       (T・O)

ヨハネ20章19~23節  (説教) 朝比奈悦也師

 「イエスが来られ」


 今日はイエス様が十字架に架かり、三日目に甦られたことを記念するイースター。キリスト教において、十字架と復活は最も重要な教えである。しかし復活についてはなかなか理解できない出来事であった。イエス様から何度も死と復活について聞いていた弟子達でさえ、このことが理解できず、信じられなかった。そこでイエス様は甦られたことを示すために、復活のからだで多くの人々に、様々なところで、色々な方法を通して現れ、その事実を示された。今日はイエス様の復活を通して、弟子達にとってイエス様とはいかなるお方であるのか、彼らの体験したことを学ぶ。


一、十字架の主イエス

 弟子達はイエス様の教えや言葉を聞き、力ある多 くの奇跡を見、いかに偉大なお方であるかを知り、イエス様にすべてを託して弟子となった。イエス様は彼らの心の支え、生き甲斐、宝であった。しかし、そのイエス様が目の前で捕らえられ、十字架にかけられて殺された。惨めで哀れで小さな存在のイエス 様の姿を見た時、イエス様を捨てて逃げ、悲しみと絶望、不安と恐れに囲まれ、途方にくれてしまった。


二、復活の主イエス

 イエス様は甦られた。悲しみと失望、恐怖のどん底にいた弟子達の前に現れて声をかけ、手とわき腹の傷を示された。甦りの主を目の当たりにした弟子達は確かにその事実を経験した。甦りのイエス様は彼らが最も必要としていたものをお与えになった。 恐怖と悲しみに対して「平安」と「喜び」、失望に対して「遣わす」との人生の目標を、生きていく上で必要な力「聖霊を受けなさい」を与えられ(19~22節)、 イエス様こそ最も大切なお方であることを体験した。事実彼らのその後の生涯は迫害と殉教という厳しい現実を生きたが、恐れ迷わず、甦りの主と共に喜びと希望をもって宣教の礎を築く生涯を全うした。


三、十字架と復活の主による真の幸いな人生

 十字架によって、いかなる罪もすべて償いが成し遂げられ、罪の赦しが与えられた。そして甦りの主が近づいて、最も必要とする喜び、平安、確信と希望が与えられた。私達も、たとい茨の人生であっても、本当に幸いを実感する人生を歩むことができる。そのための条件は、十字架の上で私の罪のために償いをなして赦しを与え、死から甦って生きて働かれ、力を与えてくださるイエス様を信じて歩み出すこと。ぜひ主イエス様を信じて力強く人生を進まれるように。