4月22日(日):礼拝メッセージ

4月22日  礼拝メモ           (T・O)

 使徒5章1~11節     (説教) 朝比奈悦也師

「聖書の厳粛な警告」

 

 教会に激震と言える出来事が起こり、教会全体に、またこのことを聞いた人々に大きな恐れが生じた。この出来事を通して今日の私たちに厳粛な警告を与えている。その警告について3つの点から学ぶ。

 

1、警告:だれに

 アナニヤとサッピラの死の出来事を聞いた教会に属するすべての人々に対する警告である。当時の教会はペンテコステの出来事を経験し、誕生して間もない教会がめざましく拡大発展している祝福の只中にあり、信者の数の増大だけではなく組織としての充実も果たされていっている中での出来事であり、警告であった。現在の私たちの教会も牧師と信徒の協働がなされ、組織としても充実した働きが数々なされるようになっている。私たちの教会全体への警告、また個々人への警告として受け止めなければならない。

 

2、警告:何に対して

 アナニヤとサッピラは犯罪となるようなことをしたのではない。正しいこと、善い行いをしていても、注意していなければ罪に陥る危険性があることを警戒しなければならない。初代のガラテヤ、テサロニケ、ピリピ、コリントの各教会では、熱心にみことばが語られていたが、異端が入り込み、信仰が歪められる動きが起きた。私たちもすべての働き、営みに対して目を覚まし、注意を払っていなければならない。

 

3、警告:何が問題か

 アナニヤとサッピラは教会のため、信徒の必要のために献金をした。善き行為であったが、一部を隠したまますべてを献げたと偽った。人の評価を求める心が働き、嘘をついて人を騙し、神様を欺いた。神様のため、教会のためと言いながら、それ以上に自分の求めを優先する心が働いていた。信仰の未熟なうちは優先順位が神様と自分との間を行き来する。未熟な信仰状態で留まることなく、神第一とした成熟した信仰者となるようにと、聖書全巻を通して教えている。イエス様は十字架を前にされたとき「わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください」と祈り、神に従われた。私たちがどのように生きるべきかを示してくださっている。ガラテヤ2:20やローマ12:1にあるように、私たちも神第一として生きる成熟した健全な信仰者となることを神様は願っていてくださる。

 

 未熟な信仰者のままで留まることのないよう警告を与えていただいた。神さまが聖霊を通して課題を示してくださったなら、真実に耳を傾け、言い訳せず、謙って神様の前に出、あわれみと助けを請い、神第一とする祈りを捧げて、信仰の歩みをしていくお互いでありたい。